「月雫翅の秋殻」フィーユ

メルク「主人公さん!　こんなところでうたた寝したら、風邪をひいてしまうのですよ!」

主人公「すかー。」

メルク「もぉー……。全然、起きないのですよ。」

「それじゃあ、わたしと一緒に冒険に出かけましょうよ。」

メルク「みゅっ!?　だ、誰なのですよ?」

フィーユ「こんばんは。わたしのことはフィーユと呼んで。」

メルク「フィーユさんなのです?」

メルク「私はメルクなのですよ!　こんな夜中の紹介所で誰かに会えるとは思いもよらなかったのですが、なにか用事なのです?」

フィーユ「用事というほどのものでもないかしら。気が向いたから先生に会いに来たのだけど……、もういいわ。」

メルク「いいのです?」

フィーユ「ええ。彼よりもあなたと遊びたくなったんだもの。」

メルク「わ、私なのです?　それはいいのですが……、」

フィーユ「本当?　それじゃあ出発ね!」

メルク「みゅっ!?　ま、待つのですよ!　私はひとりでは動けないのです!　それに主人公さんを起こさないと……、」

フィーユ「こんな素敵な月の夜にも眠ってしまうよい子なんて、放っておきましょうよ。今夜はわるい子にならなくちゃもったいないわ。」

メルク「みゅわっ!?　び、ビンが浮いているのですよ!」

フィーユ「ふふふっ。心の赴くままに従えば、なんだってできるのよ。さあ、月影の川を泳ぎに出かけましょ。」

(場面切り替え・山、星空)

メルク「みゅわ～!　月に手が届きそうなのですよ!」

フィーユ「ふふっ、もっと高くまで飛んでみる?」

メルク「飛べるのですよ?」

フィーユ「あなたの心が自由なら。」

メルク「みゅ?　でも、これはフィーユさんが魔法をかけてくれているのでは……、」

フィーユ「さあ、どうかしら。魔法をかけるのは自分自身よ。」

フィーユ「ふふっ、それにあなたは水なんだもの。なんにだってなれるわ。あなたの心が流れるままに。」

メルク「みゅわあ……!　どんどん舞い上っていくのですよ!」

フィーユ「あら。あなたのビンに光が反射して、とっても素敵。なめてみたら、どんな味がするのかしら。」

メルク「みゅ!?　駄目なのですよ、今日はビンを掃除してな……、」

メルク「って、みゅ?　宙に指を伸ばしてどうしたのです?　そこにはなにもないのですよ?」

フィーユ「あるじゃない、ほら、月の光が。」

メルク「みゅっ!?　ひ、光が!　光がまるで蜜みたいにすくえたのですよ!」

フィーユ「こんなにたっぷりあるんだもの。すくえなくっちゃ、お月さまはけちん坊だわ。」

メルク「そういうことではないのです!　光は触れないもので……、」

フィーユ「それはあなたがそう思っているからでしょう?」

メルク「みゅ……、わ、私もやってみるのですよ!」

メルク「……。」

メルク「やっぱり私だとすりぬけるのですよ……。」

フィーユ「うふふ、残念ね。月の光ってこんなにおいしいのに。」

メルク「食べるのですよ!?」

フィーユ「苦くっておいしいわ。」

メルク「に、苦いのです?」

フィーユ「ええ、月の光って苦いのよ。だから癖になっちゃう。わたし、甘いのって嫌いなの。」

フィーユ「でも、あなたのビンを透かしたからかしら。今夜の光は、なんだか水みたいな味がするわ。」

メルク「月の光ってそういうものなのですよ……?」

フィーユ「そういうものよ、きっとね。そうだったら素敵だと思わない?」

メルク「……。」

メルク「その、私が今夜こうして見ているものは、フィーユさんが見せてくれている幻か何かなのです?」

フィーユ「あなたは何がいいと思うの?」

メルク「私がなにがいいと言っても、本当のことは変わらないのですよ?」

フィーユ「もちろんそうね、あなたがそう思っているなら。」

メルク「ど、どういうことなのです?」

フィーユ「あなたが見ている世界は本当に真実なのかしら。本当は眠っていて、旅をしている夢を見ているだけじゃないかしら。」

メルク「みゅっ!?」

フィーユ「真実って何かしら。どうやって確かめるのかしら。だれがそれを証明してくれるのかしら。」

メルク「そ、それは……。」

フィーユ「そんなことを考えてしまうの。こんな月の夜には。」

メルク「……。」

フィーユ「ふふっ、そろそろ月が翳(かげ)ってしまうわね。地上に戻らなくっちゃ。」

メルク「……もし次があったら、その時は主人公さんも一緒に連れてきたいのですよ!」

フィーユ「ええ、いいわよ。彼が想像力の翅を失っていなければ。でももし失ってしまっていたら……、」

メルク「みゅっ?」

「みゅわあああっ!」

(場面切り替え・夜の紹介所)

フィーユ「地上に真っ逆さまね。」

メルク「な、なにも実演しなくてもよかったのですよ……!」

フィーユ「ふふっ、ごめんなさい?」

主人公「うーん……、」

メルク「みゅ?　主人公さんが起きそうなのですよ!」

フィーユ「あら、そうなの。それじゃあ、わたしはもう行こうかしら。今夜は彼と会う気分じゃなくなったわ。」

メルク「もしかして、フィーユさんが言っていた先生って……、」

フィーユ「さよなら、メルク。」

メルク「フィ、フィーユさん!」

フィーユ「なあに?」

メルク「フィーユさんは何にだってなれると言ったのですよ。もしフィーユさんなら、何になりたいのですよ?」

フィーユ「ずっと子どもでいたい。」

メルク「みゅ?」

フィーユ「わたしはそう願ったのよ。」