「必解する固卵」ハードエッグ_include1
<機械の国>
警吏の男性「面会時間は1時間です。」
警吏の男性「それ以上は、申し訳ありませんが……。何分まだ、対応を審議中なものでして。」
ハードエッグ「承知している。こちらこそ、忙しい時にすまないな。」
ミスター「ぴよよ。」
警吏の男性「いえ。それでは……、」
警吏の男性「お入りください。」
「……。」
ギア「よく来てくれたな、ハードエッグ。」
<時間経過>
ギア「……なるほど、国を出るのか。」
ハードエッグ「ああ、しばらくは戻ってこられない。その前に挨拶をしておこうと思ってな。」
ギア「そうか。……お前はもう、完全に私の手を離れてしまったな。」
ハードエッグ「そう寂しいことを言ってくれるな。俺にとって、君は母親のようなものなのだから。」
ギア「母親、か……。」
ギア「だっこでもしようか、息子よ。」
ハードエッグ「いや、残念だが遠慮しておこう。ヘキサルト嬢の体で耐えられるとは思えん。」
ハードエッグ「彼女とはどうだ? うまくやれているか。」
ギア「ああ、状態自体は何も問題ない。ヘキサルトとも、やり取りする方法を確立した。」
ハードエッグ「ほほぅ、いったいどんな方法だ?」
ギア「日記帳を共有している。相手に伝えたいことはそこに書き記しておけば、次に目を覚ました時に確認することができる。」
ギア「会話、とまではいかないが、意思疎通の手段としてはそこまで悪くはない。」
ハードエッグ「そうか。問題がないようでなによりだ。」
ギア「……いや、ないわけではない。」
ギア「私がこの体にいる以上、どうしても彼女の時間を奪ってしまう。……今も、彼女の意識を眠らせてしまっている。」
ギア「ヘキサルトが望んでくれたこととはいえ、やはり……心苦しい部分はある。」
ハードエッグ「……。」
ギア「知識と技術が残っていれば、すぐにでも代替えのボディを準備できたのだがな。今の私は、何もできないただの少女だ。」
ギア「……すまない、少女という歳ではないな。」
ハードエッグ「いや、正直に『900歳は越えてます』なんて言っても、相手を混乱させるだけだ。」
ギア「そうか。」
ハードエッグ「……ギア、そう自分を恥じるな。」
ハードエッグ「確かに、お前の持っていた能力は素晴らしいものだ。それは誰もが……、もちろんヘキサルト嬢も理解していたこと。」
ハードエッグ「だが、彼女は人格を優先して取り込んだ。技術や知識よりも大切だと、彼女はそう思ったわけだ。……俺も、まったくもって同意見。」
ミスター「ぴよ!」
ハードエッグ「ほら、ミスターもこう言っている。ミスターは正直者だ。信じたほうがいい。」
ハードエッグ「だから、今の自分を恥じることはない。君の人格は守られてしかるべき価値のあるものなのだから。」
ギア「……。」
ギア「ありがとう。」
ハードエッグ「その決断をしたヘキサルト嬢に言ってやれ。俺達は指をくわえてみているしかできなかった。」
ハードエッグ「だがまぁ、ヒヤッとはしたがね。結果的にうまくいったのは良かったが……。」
ギア「そうだな。ヘキサルトなりには勝算があったようだが……、」
ギア「彼女には私からも伝えておこう。カプナートもいるのだし、あまりそんな無茶はするなと。彼女は自分を低く扱いすぎているきらいがある。」
ハードエッグ「それは君もだぞ。」
ミスター「ぴよよ。」
ハードエッグ「え、俺も? 俺はいいんだ、丈夫だから。」
ミスター「ぴっよー!」
ハードエッグ「つつくな、つつくな。すまんかった。」
ギア「……それで、今日は出発の報告に来てくれたのか?」
ハードエッグ「ああ、それもなんだが……、これを差し入れようと思ってな。」
ギア「卵……?」
ハードエッグ「いいや、ゆで卵だ。黄身までカチカチの固ゆで卵。それを君に食べてもらう必要があった。」
ギア「なぜ?」
ハードエッグ「彼女の願いだからだ。」
ギア「……ショーン。」
ハードエッグ「君が目覚めた時に、食べさせてやれと仕込まれていてね。すっかり忘れていた。」
ハードエッグ「だが『スクリーン』の中で彼女の声を聞き、失ったと思っていた記録が呼び覚まされた。幸運だったよ。このまま出発するところだった。」
ギア「……。」
ハードエッグ「やはり君はすさまじい技術者だ。900年以上も記録を行える機械を作れるとは。」
ギア「いいや、それは違う。お前が設計通りなのであれば、100年以上の記録は古い物から抹消されていくはず。」
ギア「そもそも『スクリーン』には、機械の記録など映し出すことはできない。」
ハードエッグ「では、なぜ。」
ギア「簡単な話だ。それはお前にとって、記録ではなく記憶だから。」
ギア「心に刻んだ、忘れがたき思い出だからだ。」
ハードエッグ「……心か。」
ギア「獲得したのだろう、ここに至るまでに。」
ハードエッグ「どうだろうな。俺はただ、自分の正体を隠すために、人を模倣し続けてきただけだ。」
ハードエッグ「だが……ああ、そうだな。理解したいとは、思っていたかもしれない。」
ギア「……そうか。」
ギア「これ、食べても構わないか?」
ハードエッグ「もちろん、そのために持ってきた。」
ギア「いただこう。」
ギア「……。」
ハードエッグ「どうだ?」
ギア「……固ゆでだ。」
ハードエッグ「まぁな。」
ギア「黄身がパラパラと口の中で崩れていく。懐かしい食感だ。」
ハードエッグ「……マスターの作ったものだったか?」
ギア「いいや。」
ギア「わずかにだが、差異がある。その詳細は私にはわからないが。」
ギア「これは、ショーンのゆで卵ではない。」
ハードエッグ「……。」
ハードエッグ「さすがに、900年は守りきれなかなったか。」
ミスター「ぴよ~。」
ギア「だが、ショーンの気持ちは伝わった。そして、私はこのゆで卵も好きだ。」
ギア「ありがとう、ハードエッグ。」
ハードエッグ「……礼を言われることじゃない。俺はただ、マスターの命令を守っただけだ。」
ハードエッグ「だがまぁこれで……、彼女の自動人形としての役割は、ようやく果たせたか。」
ギア「……では、これからどうするんだ。」
ハードエッグ「だから、国を出て……、」
ギア「その後は? 永遠に人の為に働き続けるつもりか、46号。」
ハードエッグ「……。」